壁紙のデザイナー 後編



なぜ、私が壁紙会社の社長宅へ伺ったかというと、話が少しさかのぼる。


今から数週間前のこと、いつものように私は週末のストリートに出ていた。

穏やかな日差しが心地よく、ストリートを行き交う人々をぼんやりと観察しながら、自分の作品に反応してくれる人を呑気に待っていた。

しばらくすると、歳の頃は40代中ぐらいの夫婦が私の作品を見るなり、駆け寄ってきた。

目の前の私を無視して、二人は真剣な眼差しで作品に魅入っていた。

それから作品を手に取り、夫婦でヒソヒソと話をしている。

しばらくして彼らは、似たようなテイストの作品を4点選んで購入してくれた。

その時に、この作品は私が作ったのかや、どのように作ったのかと色々と質問を受け、最後に名刺を渡され、代わりに私の名刺も欲しいとせがまれた。

名刺には知らない会社の名前が書かれてあり、president(社長)と記してあった。

聞くところによると、彼らはニュージャージーで壁紙会社を経営しており、私の作品にとても興味を持ったらしく、後日連絡すると言って立ち去った。

それから数日後、彼らからメールがきた。

メールには、自分たちの会社のデザイナーにならないかという内容だった。

まずは、いついつ頃に自分たちの家に来てもらって話がしたい。それから自分たちの製品や会社も観てもらいたいというようなことが書かれてあった。

私がデザイナー?

あまりイメージができないが、とりあえず彼らの話を一度聞いてみるのもいいだろうと思い、それで私はニュージャージーの彼らの自宅に出向いたというのが、大体のこれまでの経緯である。

ご婦人からの電話で、社長夫婦も心配してくれて、家の前で私の到着を待っていてくれた。

ここまで私を車で連れて来てくれたご婦人に対して、私と社長夫婦は丁寧にお礼を伝えて、彼女と別れた。

社長夫婦に促されて私は家の中へ入った。

お手伝いさんと、まだ5、6歳くらいの娘さんが私のところにきて、挨拶をしてくれた。

私はリビングに通され、それから社長夫婦とコーヒーを飲みながら話をした。

社長夫婦は、「まずはビジネスライクな関係よりも友達としてこれから関係を作っていけたらと思うんだけど、どうかしら」みたいなことを言われて、とてもオープンな彼らの態度に少し戸惑ったが、正直それはとても嬉しい提案だった。

そして、私のデザインセンスを高く評価してくれて、「あなたはアーティストよりも絶対デザイナーに向いている」と力強く言い切られた。

その後、彼らの会社に行って色々な説明を受けた。

あまり細かくは書かないが、イギリスに本社があり、彼らの作っている壁紙は世界中のホテルやレストランなどで使われているらしい。壁紙の特徴として、テクスチャーを立体的に再現しており、それはまさしく私の作品と相通ずるものだった。

会社にはデザインチームはあるが、専属のデザイナーはイギリスに一人しかいないらしい。

私がもし専属デザイナーとして雇われれば2人目とのこと。

お給料の話もしてくれて、その対価は十分な額だった。

彼らは、私にここで働きながらもっとデザインの勉強もして、しっかりスキルを身につけてもらわないといけないとも言っていた。

私の想像を超える、かなり具体的な提案を社長夫婦は私に思い切って持ちかけてきた。

とりあえず、私はその場で返事をするのは控えて、後日連絡するということで彼らの会社を後にした。

結果から言えば、その話は断った。

自分がなぜニューヨークに来たのか?

その自問自答を繰り返し、結果的にそう判断した。


自分が今やりたいこととは?

それは、自己と徹底的に向き合い、何ものにも制約されずに作品が作りたい。

そんなことができる時は、人生で今しかないかもしれない。

それが今、私の一番やりたいことだった。

そして何よりも、ニューヨークを離れるなんて、今の私には到底考えられないことだった。


実は彼らの話を聞く前から、この話を受けるつもりはほぼ無かったという方が正しい。

私の心は既に決まっていたのだった。

余談だが、彼らの家に訪問すると決まってから、彼ら好みの作品を新たに3枚作ってその時に持っていた。

私が思った通りに、彼らはやはりその3枚をたいへん気に入って購入してくれた。

ストリートで鍛えられたせいか、我ながら商魂たくましい。


それにしても人生とは面白いもので、それから十数年後にまた壁紙との縁ができるとは不思議なものだ。

今、私は日本の壁紙メーカーから私のデザインされた壁紙が2種類商品化されている。

そして、その壁紙メーカーから壁紙の商品開発の依頼で新たなデザインを今作成中なのだ。