Palm Beach のギャラリー

このアルバイトは、Kさんのギャラリーの奥にある作業部屋か、ニューヨークから車で1時間半ぐらいのところにある、Kさんのセカンドハウスでの作業が主だった。 ニューヨークは車で30、40分も走ると、豊かな自然があり、Kさんのセカンドハウスは静かな森の中にある。 ニューヨーカーは、時間に追われながらストレスフルに暮らしているので、週末などはこういった自然との触れ合いを大切にしている人も多いのだ。 それから、NYの一流ギャラリーまで赴いての作業も時々あった。 そんなところで作業していると、カールアンドレなどの巨匠がふらっと立ち寄ったりする。 流石NYの一流ギャラリーといったところだ。 まあ、そのように大半の仕事がニューヨーク市内か、あるいは近郊で片付く仕事だったが、ただ一度だけフロリダまで行ったことがあった。 それは12月に入り、寒さがだんだん厳しくなってきた頃、いつものごとく突然Kさんから仕事の電話がかかってきた。 用件はフロリダ南東部に位置する街、パームビーチのギャラリーに行って、ソル・ルイットの作品を修復してほしいという内容だった。 このパームビーチとは富裕層の別荘地・リゾート地として知られている地域だ。 なんでも年明けの国際的なアートフェアーにその作品を出展するので、それに間に合うようにやってくれということらしい。 作品の大きさ、破損程度から推測して我々二人で作業すれば4、5日あればなんとなるということだ。 朝早く、私はニュージャージーのニューアーク国際空港に行き、そこでKさんと合流した。 我々は正午頃にはパームビーチ国際空港に着いた。 ここはニューヨークと違い、さすがに温かい。 ニューヨークから着てきた上着を鞄につっこみ、半袖姿になった。 ギャラリーの人が車で迎えにきてくれる手はずになっていたので、空港ロビーを出てみると真新しいダークグリーンのジャガーが我々を迎えに来てくれていた。 我々を迎えに来てくれたのはジョンという男で、色褪せたT-シャツにジーンズ、サンダル履きというい、思いのほかラフないでたちだった。 実は彼の本職はプロのサーファーで、冬場だけパームビーチでサーフィンをして、空いた時間にギャラリーの仕事をしているのだ。 冬以外はカリフォルニアでサーフィンをしているらしい。 なかなかのハンサムで、今度マルボロのCMに出るのだと自慢していた。 彼は気さくな男でよくしゃべり、車内は終始和やかな雰囲気で我々をギャラリーのオーナー宅へと案内してくれた。 我々が到着するとギャラリーのオーナーが出迎えてくた。 このギャラリーのオーナーも女性だった。 彼女は独身だが、もう成人した娘が二人いて、小柄でスリムな彼女だが、かなりのすご腕ビジネスウーマンという感じだった。 その証拠にいかにもセレブリティが住んでいそうな豪邸や別荘が建ち並んでいる地域に彼女の邸宅があり、もちろん彼女の邸宅も他に劣らず素晴らしい。 邸宅を取り囲むように花や緑に溢れた広い庭があり、大きな木には奇麗な色をした野生のインコの姿が何羽か見えた。 また、所々にさりげなく有名作家のブロンズや石の彫刻が置いてあり、邸宅の裏は海につながるワース・ラグーン湖があり、クルーザー用の船着き場もあった。 彼女は我々を自宅に招き入れ、我々のために昼食を用意してくれていた。 ピカピカに磨かれたガラス製の大きなテーブルの上にセンスよく食器とグラス、銀のフォークとナイフがセッテイングされてあった。 私は少し緊張しながらも、昼食をご馳走になり、食後のコーヒーを飲みながらくつろいだ雰囲気で仕事の打ち合わせをした。 ギャラリーの場所は、ワース・ラグーン湖という細長い湖の西側に位置し、橋を渡ってすぐの大きな幹線道路沿いにあり、ギャラリーの前には広い駐車場があった。 幹線道路と駐車場との境には背の高いヤシの木が連なって植えてあり、NYとは違った南国風情がある。 我々がパームビーチにいる間、ギャラリーの送り迎えから簡単な作業の手伝いまで、細々とした雑用をジョンが一挙に引き受けてくれた。 ギャラリーには大きなラウシェンバークのペインティングやクリストのドローイングなどメジャーな作家の作品とまだそれほどメジャーではない若手の作品などが展示されてあった。 そして部屋の中央の床に、これから我々が修復するソル・ルイットの作品が分解されて鎮座してあった。 我々はギャラリーに着くと、早速作業に取り掛かった。 まず最初にKさんと二人で作品を隈なくチェックして、修復箇所に印をつけていく作業からだ。 その間、ジョンには作業に必要な細々としたものと、それとおやつとコーヒーを買い出しに行ってもらった。 Kさんは絶対おやつとコーヒーが必要な人なのだ。 日が傾きかけた頃、仕事はひとまず一段落した。 ふと外の様子を見ると、ヤシの木が黒いシルエットになり、空がピンク色から紫色に変化した美しいグラデーションになっていた。 我々は毎朝ホテルを9時に出発して、夕方7時頃に作業を終了するという具合に無理のないペースで進めていた。 毎日オーナーからの過剰なもてなしに、少なからずとも多少のプレッシャーを感じつつも、期待に応えるべく頑張ったおかげで、大きなトラブルも無くなんとか予定どおりに仕事は終わった。 ジョンもとてもよく協力してくれて、おおいに作業の進展に貢献してくれた。 彼は我々の仕事ぶりを見て「とてもクールだ」と言って、かなり興味を示していた。 最後の方は彼にも塗装のタッチアップなど、少し修復作業も手伝ってもらったりした。 彼にタッチアップを頼んだ時、「俺、やってもいいの?」と嬉しそうに答えてくれた。 彼は結婚していて、奥さんは映画女優をしているらしく、題名を忘れたがマイケル・ダグラスの出演している映画に出たようだ。 その映画女優の奥さんが、我々のために手作りのパスタサラダなどを差し入れしてくれたり、そのお礼に花束をプレゼントしたりと、短い期間だったがジョン夫婦とのちょっとした慎ましい交流もあった。作業は予定の半日を残して無事完了し、作品の仕上がり具合にオーナーも満足してくれたようだ。


帰りの飛行機の時間まで少し時間があったので、ホテルの裏にある大きなビーチを散歩した。 私は無事に仕事を終えることができたことで、心は満ち足りていた。 ビーチは延々と続いていて、雄大な眺めが広がっていた。 すこし曇りぎみの空と、泳ぐには少し肌寒く感じる気温のせいか、人の姿が見当たらず静かで、幻想的な浜辺だった。 私は大西洋をこんなに間近で見たのは初めてで、このエメラルドグリーン色をした海の遥向こうのアフリカ大陸に想いを馳せながら、ゆっくりとビーチを歩いた。