絵画との関わりに決着を着けるために



翌日朝早くに目が覚めた。


体はとても疲れているにもか拘らず、昨夜はあまり熟睡できなかった。まだ頭も体もすごく重い。もう少し寝ようと思ったが眠れそうにないので私は諦めて顔を洗い、家の外に出た。雲一つない鮮やかなブルーの空に太陽が燦々と降り注いでいた。


この家の前には広い道路があり、その両脇に大きなカエデの並木きが向こうの方まで連なっていた。この辺りはミドルクラスのファミリーが住んでいる地域らしい。どの家もガレージがあり、庭も隅々まで奇麗に手入れされてある。


今の私にはこういう閑静で平和的な景色は、なんとも受け入れがたいものがあり、すこぶる気分を憂鬱にさせるのだった。前の家のドアが静かに開き、初老の男が出てきた。

新聞を取りに来たのだろう、こちらを一瞥して、またそそくさと家の中に入っていった。

見かけない東洋人の男を見て不振に思ったのかもしれない。


話が前後するが、そもそもなぜ私がニューヨークに来のたかと言うと、世界で一番アートが盛んな場所に自分の身を置いて、毎日作品のことだけを考えて生活したい、それがせめて1年間だけでもいいからという長年の憧れを実行するためだった。その思いは密かに自分の中で思い続けていたことで、機が熟すのを待ってやっと実現できたことだった。


それを実現するにはいくつかの問題をクリアしなければならなかった。特に大きな問題として一つはビザの問題だった。一時期アメリカは、ビザ取得が非常に困難な時期があった。学生ビザさえ、なかなかもらえないという状況が何年か続いていた。それからお金の問題だ。とにかくニューヨークで最低一年間は働かなくともなんとか生活ができるぐらいだけのお金を準備したかった。ニューヨークで、アルバイトに追われる生活だけはしたくなかった。とにかく作品制作以外に時間を極力使いたくないと思っていた。

実は数年前に一度チャレンジしようとした時期があったが、これらの問題がクリアできず、断念せざるをえなかった。ところが今回はその全ての問題がスムーズに解決して、あっさりクリアできたのだった。やはり、人生には何事も時期というか、タイミングというものがあるにちがいない。出来ない時にはどうしても出来ないもので、出来る時にはいとも簡単にスムーズに事が進むものだとつくづく思った。


少なくとも私の周りの人達は、私がこれから今まで以上にもっと芸術の道で活躍するべく、ニューヨークに旅だったと思っていたに違いないが、私の本心は彼らの想像とは裏腹に自分と絵画との関わりに決着を着けるためにニューヨーク行きを決行したようなものだった。


芸術の世界に魅了されて、ほとんど二十代を作品制作にどっぷり浸かっていた私にとって、それ相応なことをしなければたぶん表現の世界と縁を切ることはできないのだと自分自身が一番良く分かっていた。だから一年間という期限を決めて、その一年間は作品制作三昧の生活をして、きっぱりやめていさぎよく帰るつもりだった。


帰国後の人生など、どうなるか考えられなかった。

しかし、今自分がすべきことだけは、明確にわかっていた。