ソル・ルイット



ストリートはクリスマスが終わった後は、暖かくなる春までお休みだ。 真冬のNYは殺人的な寒さだから。 その間、私は時々単発的なバイトをしていた。 全てが友達や知人からの紹介だった。 例えば、庭の木を切るとか、倉庫の整理、家の改装、部屋の壁塗り、個展の展示手伝い、電球交換など様々で、中には犬の散歩というのもやったこともある。 毎日夕方に大きなチャウチャウ犬2匹を公園のドッグランまで連れて行き、30分程度遊ばせて帰るというやつだ。 毎回公園の出口にさしかかると、彼らは両足を力一杯踏ん張って公園から出ようとしないのだ。こっちは早く終わりたいものだから、負けじと力一杯引っ張って、半ば強引に帰るのであった。帰り道、この2匹のチャウチャウ犬は必ず道路にある地下鉄の空気孔のところでオシッコをする。本当はあまり良くないのだろうが仕方がない。 まあ、そんな感じで殆どが体力勝負の肉体労働的なものだったが、その中で唯一、集中力と手先の器用さを求められる仕事があった。 それはソル・ルイット(ミニマリズムの代表的な作家)の作品製作や修復の仕事だった。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ソル・ルウィット 友人の誘いでイーストビレッジにあるギャラリーのグループ展に参加した時、ギャラリーのオーナーが私の作品を見て、”こいつは手が器用そうだな”と確信したらしく、その仕事に誘われたのがきっかけだった。 そのギャラリーのオーナーというのは、ニューヨークに30年以上前から住んでいる日本人の女性で、彼女のことをみんな”Kさん”と呼んでいた。 彼女はアーティストでもあり、ギャラリーのオーナーでもあり、そしてギャラリーを始めるずっと前からソル・ルイットのアシスタントもしていたのだった。 彼女は異国の地でたった一人、愛する一人息子を立派に育てあげ、体は小さくともとてもたくましく、そこら辺の男どもよりもよっぽど肝が座っている。 そして誰に対しても思ったことはズケズケと遠慮なく言う彼女は、裏表のないまったく純粋な人なのだ。 ソル・ルイットの作品の中で私が主に携わった作品は、「ストラクチャー」というシリーズの立体作品だった。 一辺が5mmかまたは10mmぐらいの木材の角棒を使って、ジャングルジムのように、一辺5cm又は10cmの立方体を沢山つなぎ合わせたような作品で、ビルディングの模型のようにも見え、色は白と決まっている。 これは本当に集中力と根気を要する仕事で、特に仕上げの段階でサンドペーパーを角材に巻いて、それを使って丁寧に表面を奇麗に仕上げるのだが、サンディングで力を入れずぎると角材が折れて壊してしまうし、力を入れなければ綺麗に仕上がらないという、力加減が難しくかなり神経を使う作業だ。 また、角があまいところはパテで角を作りエッジを効かせる。 エッジを効かせたシャープさが、作品全体の出来栄えに影響する。 私はKさんが見抜いたとおり、この細かな作業が得意で早く要領を覚え、次々と新しい作業をやらされた。 一度信頼させると、次から次へと仕事の依頼が入ってくるもので、それに伴って時給も上がった。 しかしその殆どが私のスケジュールなどおかまいなしの急な仕事が多かった。 彼女から連絡があるときは、相当切羽詰まった状態なので、断ることはまずできない。 そのため私は学校も休まなければならないことも多々あった。 ソル・ルイットの作品は、平面にしろ、立体にしろ、ほぼアシスタントが主に作品を作る。 ミニマリストの作品は作品自体はただの結果であって、作品そのものよりもコンセプトに価値があるので、作品は誰が作ろうとそのコンセプトに忠実に、クオリティを高めて作れればいいのである。 作家は作品の設計図を作って、あとは出来上がった作品にサインを入れるだけ。 ソル・ルイットが作品にサインを入れる現場を見たことがある。 長身の彼は、淡いピンクの上質なシャツをラフに着こなし颯爽と現れて、「Hi!」と私に声をかけ、作品の裏にチャチャと小さくサインをして、またすぐに立ち去った。 それも作業場に転がっている、そこらへんの鉛筆で。