ストリート初日 3/3



その日は晴天で、春の柔らかな日差しが気持ち良く、外にいても快適だった。

そしてストリートには、沢山の人がショッピングや観光にやってきていた。

何人かのアーティストのブースには、もう人だかりができていた。

さっき、私に退くように言ってきた男の作品の前にも4、5人が作品を見ている。

その中の一組の客と男は交渉をしていて、男の手には自分の作品集や有名人と握手をしている写真など、様々な資料を持ち抱え、それを客に見せながら熱心に説明していた。

やがて交渉が成立したようで、その男は客と握手を交してお金を受け取った。

いったい幾らで売っているのだろうか。

どうしようもないもので他のアーティストのことが気になるのだ。

その男の作品はニューヨークの窓を描いた絵だった。

サイズは一辺が1メートルぐらいの正方形でストリートで売られている作品としては大きめだった。

それらの作品をビルの壁に4、5枚、四隅をガムテープで留めてディスプレイしている。

他のアーティストに比べて、かなりのスペースを使っていた。

これなら向かいの歩道からでも、車道を走る車からでもよく見える。

この場所は彼にとって、ぜったいゆずれない唯一の場所なのだということがよくわった。

窓の絵とビルの壁、作品の見せ方、全てに意味があり、実はなかなか考えられているのだ。

私はというと、そんな他人の事が気になるぐらいだから、自分の作品は売れるどころか、誰一人として興味を示すことなく素通りしていくのだった。

私の作品は、サイズが一辺30cmぐらいの正方形で、それを8点ぐらい作ってきていた。

それを2つの小さなイーゼルに立て掛けて展示していたので、はっきり言えば私の作品は、周りの熱気に押し潰され、全然存在感なんてものは無いに等しい。

そんな調子で時間だけが過ぎていき、気がつけばもう日も傾きかけていた。

やはり実際にストリートに出てみると、色々なことが見えてきた。

先ずは、自分のリサーチ不足、準備不足は否めない。

もし、作品が良いとしてもだ、そう簡単に売れるということでもないらしい。

今の自分が色々な意味で、ストリートに出しているアーティストのレベルに達するには、かなりのハードルがあるように思えた。

やってみたからこそ、それもわかったということだ。


私は自分の考えの甘さを実感しつつ、”もうストリートに作品を持ってくることはないだろう”と、そんなことが頭の中でグルグル駆け巡っていたところ、ふと気がつくとブロンド髪の美しい女性が一人、私の作品の前に立ち、腕組みをして真剣に作品を観ていた。

私は最後のチャンスとばかりこの女性に声をかけた。

彼女は”あなたが作者なの?”ていう感じで私をマジマジと見て笑顔になった。

彼女はこの近くに住んでいて、散歩がてらこの辺を歩いていたら、私の作品に目が止まったのだと。

彼女はいたく私の作品が気に入ったようで、なんと2枚も買ってくれるというのだ。

ただ、今は手持ちの現金がなくて、「これからATMでお金をおろしてくるから、少しの間ここで待っていて欲しい」と私に告げて、彼女はその場から立ち去った。

果たして彼女は約束通り戻ってきてくれるのか、又は途中で気が変わってもう戻ってこないかもしれない。

私はそわそわしながらとりあえず彼女を信じて待つほかなかった。


しばらくして私の不安をよそに、彼女は約束通り戻ってきた。

彼女と目が合った時、「お金を降ろしてきたわよ」と彼女が得意げにそう言っているように思えた。

そして彼女が財布から現金を出すのを見て、すごくドキドキした。

何だろう、この感覚は。

こうやって自分が作ったモノを自分の手で直接お客さんに売ったことのない私にとって、現金を受け取る時のこの感覚は、上手く表現できないが、とにかくとても生々しいのだ。

ある種の興奮を覚える。


そんな私の心の状態を彼女に悟られないように、できるだけ平静を装い、絵の代金を受け取った。

そして彼女は、作品のどこが気に入って、この色が好きで、こういうフレームに入れて、リビングのどこどこに飾って…等々、彼女なりの感想を丁寧に私に伝えてくれた。

最後に「また時々立ち寄ってみるわ」と言い残し、夕暮れのストリートに消えて行った。


彼女が立ち去った後、私は手に持ったお札をろくに数えずクシャクシャに握りつぶし、急いでジーパンのポケットへ突っ込んだのだった。