この辺りの土曜の朝7時といえば、どこの繁華街でも同じように昨夜の賑わいとはまったく逆で、閑散としていて街はまだ眠りの中でひっそりと静まりかえっている。
お店のシャッターはまだ閉まっており、歩いている人などほとんどいない。
たまにランニングしている人が通るぐらいなものだ。
少し早く来すぎたのか、他のアーティストはまだ来ていない。
歩道の脇に数台のワゴン車が留まっていたが、たぶんストリートに来たアーティストの車だろうと思う。
車で来るアーティストはとにかく駐車スペースを確保しなければいけないので、前の晩から来ている連中も何人かいるのだ。
しばらくすると歳の頃は50代後半ぐらいの男が私を睨みつけ、ゆっくりと近づいて来た。
顔の彫りの深い、目つきの鋭い男で、大きなキャンバスを何枚かロールに巻いて袋に入れてかついでいた。
男は私の目の前に来て、「そこはオレの場所だからどけろ。オレはこのビルディングのオーナーに許可をもらっているんだから、オマエはここではできないぞ!」と言ってきた。
男はこういったトラブルには慣れている感じで、あたかもここの場所を使える権利は自分にあるかのようなことを言ってきた。
場所取りでは、たぶん一悶着あるだろうと思っていたので、”やっぱり来たか”と思った。
私はこのストリートに作品を出すと決心してから、そのためにこれまで準備もしてきたし、それなりの覚悟をもってこの場所に来ていた。
単なる興味本位とか遊び半分な気持ちで来ている訳ではないので、そのくらいで易々と引き下がるつもりはない。
それにしても男が言う、ビルのオーナーに許可をもらっているとは流石に嘘っぽい。
この辺りの不動産価値がどれほどのものかぐらいは知っている。
この男にビルのオーナーが許可しているとは到底信じがたい話だ。
私は、「ここは公共の場所だから、オレの場所と言うのはおかしいじゃないか。早く来た者に権利があるべきだ。」と主張した。
しかし男は、「オレは6年前からこの場所でやっているんだ。ストリートの仲間も沢山いる。見るところオマエは新顔らしいが、ここではルールがあるんだ。それともお前は俺たちとトラブルを起こしたいのか!」更に続けて「とにかくオレは今から近くで朝食を食べてくるから、その間に荷物をまとめてここから移動しておけ!」といった感じだった。
私たちが揉めているのに気づいた彼の親しい他のアーティストも集まって来てた。
私は彼らに囲まれ、男の言っていることがいかに正当なのかをくどくどと説明されるありさまだった。
こんなことをいちいち聞いていたら、いつまでたっても新規に入り込むことなどできやしない。かと言って、これ以上自分の権利を主張したところでいい結果にはならないだろう。
さすがに初日から喧嘩はまずいと思った。
幸いまだ空いているスペースもあることだし、仕方ないが移動することにした。
できればアーティスト同士仲良くやっていきたいと思っていたが、新参者を快く歓迎する雰囲気は無かった。
当然といえば当然なのだ。
新参者はすぐに彼らの競合相手になる訳で、まさにストリートは彼らの生活をかけた真剣勝負の場であった。
最初に感じたバカンスのイメージとは随分と違い、どうやらここはそんなに甘い世界ではないようだ。
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