私はArt Students League of New York に入学して二年目の春、毎年学期末に行われる学校のコンペティションに彫刻の作品を出品した。
アメリカの学校は9月始まりなので、学期末は5月になり、そのあとは長いサマーバケーションに入るのだ。
このコンペティションには賞金や授業料免除、ヨーロッパ旅行などの特典が付いてくる。
大半の生徒はこれを一つの目標にして、学校での作品制作に力を注ぐ訳だが、私はというと、そういうことには元々興味がない上に、学校の授業に対して高いモチベーションを保つのが困難な状況になっていた。
やはり、私にとって学校というところは、所詮学校なのだ。
真剣勝負のプロの世界を間近で見ている私からすれば、学校というところはまだまだぬるい世界に感じてならなかった。
そして、もう一つの理由として、彫刻のクラスからレオニード先生がいなくなったこともあり、自分にとって彫刻のクラスを受講する意味が、あまりなくなってしまったのだ。
ただし、週に2回ある夜のクラスで、ミクストメディアのクラスにはレオニード先生が来ていたので、そのクラスだけは受けていた。
なので、昼間の授業はストリートが忙しいというのもあって、学校には行ったり行かなかったりで、適当に授業を消化しながらうまく経ち振る舞う要領も心得て、私は全く不真面目な生徒になっていた。
ただし、その様な状況は留学生という立場上良くない訳で、せめて年に一度しかないこのコンペティションぐらいは形だけでも出品した方がいいと思い直し、私は真面目な生徒達に敬意をはらいつつ、教室の隅でなるべく目立たぬ様に最後に慌てて追い込みをかけて作品を作った。
出展した作品は、女性の実物大のトルソー(人間の胴体の部分)と女性の頭部だ。
当時MOMA(ニューヨーク近代美術館)では大規模なジャコメッティ展が開催されていたが、私はそこでジャコメッティのドローイングに衝撃を受けた。
縦横無尽に走る線。描いて描いて描き尽くされ、幾重にも重なる線の向こうに彼の観た景色を私は感じとった。
そこからインスパイアされたかのように、私のトルソーや頭部に無数のドローイングの線を粘土ナイフで刻んだ作品を出展した。
ところが、蓋を開けてビックリ!
驚いたことに私が優秀賞をもらってしまったのだ。
審査員は外部の美術関係者なので、普段真面目に学校へ通っている生徒には悪いが、私のような不真面目な生徒でも賞を頂くケースも十分ありうるのだ。
副賞はありがたいことに、6000ドルという賞金と授業料免除と、ギャラリーの出展いう特典付きだった。
実は審査が終わった後、賞を獲得した人の名前が学校の掲示板に張り出されるのだが、私は賞のことはすっかり忘れて、その掲示板も見ることなく、そそくさと会場から作品の撤収作業をしていた。
すると私の背後から「Hey、シゲル!」「congratulation!」とクラスメイトから声を掛けられて初めて自分が賞をもらったことを知ったという、我ながら少々お粗末な結末だった。
私の頭の中は、明日から始まる長い長いサマーバケーションを如何に有意義に過ごそうかと、そのことでいっぱいいっぱいだった。
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