スーツケースとリュック、それが私のすべてだった

更新日:2021年6月23日



もう何度もニューヨークと日本を行き来しているせいか、当時の記憶があやしい。

あの時の出発は関西国際空港からだったと思う。パスポートを見ればそんなことはすぐわかることなのだが、もう随分と昔の話だし、昔のパスポートを探すのが面倒なのだから困ったものだ。


あの時の出発とは、自分が33才の時に長年勤めた会社を退職してニューヨークに旅った時のことだ。格安のチケットだった大韓航空で、関空からソウル経由のニューヨーク、ラガーディア空港に向かった。


ソウルから乗り換えた機内はかなり混雑していて、韓国人の陽気なおばちゃん集団に私は前後左右と囲まれてしまった。当然だが、ソウルからの機内は韓国の人がほとんどで、とにかく騒がしくアウェー感がハンパなかった。


なぜこんなに韓国からNYへ行く人が多いのか、その時は謎だったのだが、NYには大きなコリアンタウンがあり、意外と韓国人が多いということを後で知った。

結局のところ、この時私はNYに着くまで一睡もできなかった。

夕方、飛行機は目的地のラガーディア空港に着いた。入国審査を終えた私は一目散にタクシー乗り場へと向かい、滞在予定であるクイーンズのフォレストヒルズを目指した。


向かう道中の車内では、ターバンを頭に巻いたタクシードライバーが訛りの強い英語で、何やら喋っていたが私は全然聴き取れなくて、仕方がないので彼を無視してただ黙って車内の窓から流れる風景を眺めていた。


タクシーの車窓から見える風景は映画のワンシーンでも見ているかのように現実感のないもので、長年の憧れだったNY生活を目の前にしているにも関わらず、私の心は沸き立つような高揚感などは全くなく、ただこれからここでやっていけるのだろうかという暗澹たる不安しかなかった。

タクシーは、かなり道に迷って目的地に着いたみたいだ。

降り際にチップが少なかったせいか、ドライバーは無愛想に私の荷物を乱暴に道路に置いて、急発進して行ってしまった。

もうすでに日は暮れていて、9月のニューヨークはまだ蒸し暑かった。


着いた場所はニューヨーク郊外のクイーンズ地区フォレストヒルズにあるタウンハウス。

オーナーは中国人で、日本にも住んでいたことがあるらしく、かなりの日本びいきだった。

日本から予約した部屋は、一ヵ月間だけという契約でサブレットとして借りていた。サブレットとは、部屋の又貸しみたいなもので、部屋を借りている住人が旅行か何かで長期部屋を空ける場合に、家賃がもったいないからその間だけ、誰かに又貸しして家賃を補填する仕組みだ。ニューヨークなどでは一般的なシステムで、学校やスーパーなのど掲示板にサブレット募集のビラが掲示されたりしている。ちなみに家賃は一ヵ月$400ぐらいだった。


私の借りた部屋は半地下にあり、たぶん数日前から空気の入れ替えなんてものはされていないこの部屋は、入ったとたんに湿気を帯びた少しかび臭い匂いがしたのを覚えている。

とりあえず、真っ暗な部屋に入り、重いスーツケースとリュックを床に置く。それと同時に重い疲労感がズシンと襲ってきた。


日本から持ってきた荷物はスーツケース一つとリュック一つだけ、これが私の全てだった。