アフガニスタン




今まさに、アフガニスタン・イスラム共和国は事実上崩壊し、タリバンがアフガニスタン全土をほぼ掌握した。

そしてアフガニスタン滞在中の24ヶ国の人々とアフガニスタン人の協力者、その家族などの退避が一斉に始まり、どの国も素早い行動で多くの人を輸送できたが、未だ日本のために働いてくれた人々の退避はできておらず、かなり厳しい状況だ。

27日に自衛隊の輸送機はアフガニスタンのカブール空港から隣国パキスタンに向けて出発したということだが、退避を希望する日本大使館や国際協力機構(JICA)のアフガニスタン人などの現地スタッフとその家族はまだ残されたままで、そうした人が500人規模いると言われている。

今後のタリバンの動向が不透明なため、日本政府としてどのように対応してくのか、かなり難しい舵取りを迫られるに違いないが、このタイミングで昨日の9月3日に菅総理が突然退任を発表した。

ここ数日、インターネットでアフガニスタンのに関するニュースを少し調べているものの、元々私自身はあまりアフガニスタンのことはよく知らない。

少し歴史を調べてみると、旧石器時代には、もう人が住んでいたらしく、紀元前3千年紀のインダス文明から始まり、それから様々な文明へと進化した地域であり、文明の歴史はかなり古い。

位置的には南アジアと中央アジアの狭間に位置し、ユーラシア大陸の東西交通路とインドを結ぶ「文明の十字路」と呼ばれ、シルクロードの面影が多く残っているような地球の歴史ロマンを感じさせるたいへん魅力的な地域であることを知った。


その程度の知識だが、私にとってアフガニスタンと聞いて思い出すことが一つある。


それは、国連の仕事でニューヨークへ出張に来ていた日本人の女性が、たまたまストリートで私の作品を買ってくれたことがあった。

彼女は私の絵の前に立ち止まり、絵を眺めてはしばらく考え、またふらっとどこかに行って、また戻って来ては考えるということを3回ぐらい繰り返して、やっと納得したらしく、2枚の絵を買ってくれた。

それまで私の方から声をかけることもしなかったし、彼女からも声をかけられることはなかった。

彼女が買う決心がようやくついて、「これをください!」と私に言葉を発してから、お互い始めて言葉を交したのだった。


そんな彼女は、なんと今はアフガニスタンに住んで仕事をしていると言う。


それを聞いた私は「えっ!アフガニスタンからですかぁ!本当に色々な日本人がいるものですねぇ。」などと軽口を叩いてしまった。

すると、「あなたもじゃないですか!」と、彼女に言い返されて苦笑した覚えがある。

当時の私はアフガニスタンと聞いて、いつも紛争が起こっている危ない国ぐらいの認識しかなかったので、なぜそんなところで日本人の女性が住んでいるのかが不思議だった。

そして、彼女からすればニューヨークのストリートでなぜ、日本人が絵を売ってるんだと不思議に思ったのだろう。


自分としては、あえて人と違う生き方をしようと思っている訳ではなく、これがしたいからやっているので人と違うことをしている自覚がない。

自分から行動を起こし、外に出て沢山の人と出会うことによって、人は思いもよらない出来事に遭遇するものだ。

そう考えると、何かを始めようとした時の最初の一歩は、それを出すか出さないかで、人の運命は変わってくる。

私はよく「後は野となれ、山となれ」という言葉を思い出す。

この言葉の意味は一般的に、後はどうなろうと知ったことではないという、無責任な態度のたとえとして使われる言葉なのだが、私はそのように感じていない。

なんでも最初の一歩は怖いもので勇気がいる。でも人生とはそんなに深刻にならずに、覚悟を決めて軽やかに一歩出してみなよって。

結果は天にお任せでいいのだ。

まあ、自分の勝手な解釈だが、この言葉を思い出すと不思議に勇気が湧いてくる。

それにしても今、彼女は無事でいるのだろうか。

もうとっくの昔にアフガニスタンには住んでいないのかもしれない。

今の私にそれを知る由もないが、ただただ、無事であって欲しいと願う。